2020年9月

持続性気分障害:医師に病状を伝えていなかった事例

2020/09/26 うつ病

1.病歴
その方(男性)は会社員でしたが、社内の人間関係悪化から、気分の落ち込み、めまい、動悸のため、家で寝込むことが多くなり、奥様とのけんかも多くなりました。
15年程前、車を運転中、手足のしびれ、動悸、過呼吸などで、運転できなくなり、近くの病院(1番目)に直行しました。
その後2番目の病院に通院を開始しましたが、パニック症状、幻覚、自殺未遂があり、会社も休みがちになり、退職。その後のアルバイトも長くは続かず、転々としました。
その2番目の病院には、14年間通院を続けましたが、働けないにもかかわらず、「働かないとだめだ」の1点張りの医師で、他の病院に転医することにしました。
3番目の病院では、持続性気分障害と診断されました。
現在、一日中横になった生活で、就労は全くできない状況で、離婚もし、経済的に苦しい生活が続いていました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金3級受給決定まで
遠方の方でしたが、インターネットで障害年金申請の代行をしてくれる社労士を探しており、私に相談がありました。
最初、2番目の病院が初診病院と伺ったため、そこで初診証明(受診状況等証明書)を取得したところ、その前に別の病院に行っていたという記載があり、そこで初めて1番目の病院があることがわかりました。
本人が1番目の病院を訪問したところ、カルテは無いものの、パソコン内に受診受付情報が残っていました。
その病院に、受診状況等証明書の発行を依頼し、パソコン内に受診受付情報からの記載の旨明記してくれればよいと説明しても、書類作成を拒否されたため、口頭で初診日を教えていただきました。
運よく2番目の病院受診時のカルテに、1番目の病院受診日の記載があったため、2番目の病院の診断書に1番目の病院受診日を記載していただき、事無きを得ました。
次に、初診日から1年半後の障害認定日頃、2番目の病院に通院していました。
そこで、遡及請求のため、障害認定日時点の診断書を2番目の病院に書いてもらいましたが、日常生活能力の判定7項目はすべて、「できる」、日常生活能力の程度は「1 社会生活は普通にできる」といった目を疑う記載でした。
日本年金機構が公開している、「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」
によれば、間違いなく、3級非該当です。
現在の診断書は、現在通院中の3番目の病院に作成してもらい、傷病名:持続性気分障害、日常生活能力の判定7項目の平均は「2.6」、日常生活能力の程度は「3 時に応じて援助が必要」といった記載でした。
1番目の病院の初診時は、会社員だったため、保険料納付要件はOKでした。
傷病名:持続性気分障害で遡及申請を行った結果、遡及(障害認定日時点)は不支給でしたが、障害厚生年金遡及3級が認められました。
本人はアルバイトにも行けない状況で、経済的に苦しいため、遡及を渇望していましたが、診断書記載内容から推測できるように、遡及は認められませんでした。
しかしながら、事後重症3級は何とか認められ、最低限の結果は得られました。
本人は遡及が認められず、非常にがっかりされていましたが、2番目の病院では、医師に「働かないとだめだ」と言われ、全く就労できていなくても「少し働くようにしてます」と言っていたとのことでした。
医師に本当の事を言うと、医師の機嫌が悪くなるから、何と医師の機嫌をとるため、そんな説明をしていたそうです。
医師は、カルテ記載を基に診断書を記載します。カルテ記載の内容以外の事は書きません。
実態に即した診断書を作成してもらうには、普段から医師には病状をありのまま伝えておくことが必要です。


広汎性発達障害:障害基礎年金2級遡及決定事例

2020/09/12 発達障害

1.病歴
その方(女性)は高校卒業後就職しましたが、人間関係のストレスがたまり、職を転々としました。
結婚し子供もでき、当時は家事も一通りできていました。
しかし、夫が会社をクビになり、酒を飲み、妻子に暴力をふるうようになり、夫の暴力及び経済的な不安からリストカットをし、自ら警察を呼ぶことを繰り返すようになり、警察からも家族に苦情があったとのことです。
警察に説得され病院に行き、頑なに入院を拒否しましたが、医療保護入院となりました。
退院後、デイケアにも参加するようになりましたが、他者と関わることはなく、1人で過ごすことが多かったようです。
その後、B型作業所に週1日就労しましたが、他の利用者とのコミュニケーションは全くなく、常にマイペースで、週2日以上の就労は拒否していました。
最近2年間はリストカットは無くなりましたが、逆に家事は全くできなくなりました。
意思伝達は自分の子供としかとれず、日常生活の食事、清潔保持(着替え、掃除)、買物・金銭管理、銀行・役所での手続き、などは、義父母にすべてしてもらっていました。

2.無料相談~受任~障害基礎年金2級受給決定まで
最初、義父母が障害年金申請の代行をしてくれる社労士を探しており、私に相談がありました。
ご自宅に伺い、義父母から細かい情報を聞いて進めることになりました。
別居していた義父母は老齢年金生活のため余裕のある生活もできませんでしたが、経済面、実作業面共に、家事、育児全般において息子家族の援助をされており、義父母のためにも、何とか障害年金受給に結び付けたい思いでした。
初診日は、ご主人は当時無職であり、3号被保険者ではなかったため、保険料納付要件が厳しいと感じていましたが、義父母がしっかり保険料納付もされており、問題ありませんでした。
本人とも会話しましたが、聞いたことに対して、「はい、いいえ」程度の回答しかなく、あまり具体的な情報は得られません。
デイケアのご担当の精神保健福祉士様、B型作業所の職員様から普段の様子をヒアリングし、対人交流能力の低さ、清潔保持能力の低さなどの情報を多く得ることができ、病歴・就労状況等申立書に反映しました。
初診から3年程、継続的に通院していたため、傷病名:広汎性発達障害で遡及申請を行った結果、障害基礎年金遡及2級が認められました。
子供の加算額もありました。
本人は受給決定に対してもあまり感情表現がありませんでしたが、家族の日常生活の大部分を管理、援助している義父母は、遡及申請が認められたことで、過去2年程の遡及分の年金の入金があったこと、2ヶ月ごとに定期的な入金があることで、経済的に非常に楽になったと、大変喜んでいただけました。


1型糖尿病:初診のカルテがない事例

1.病歴
その方(男性)は、16年程前に、喉の渇きがあり、1日4リットルもの水分をとるようになりました。
糖尿を患っている知人から、知人が通院している病院の受診を勧められました。
その病院で、1型糖尿病と診断され、インスリン治療が開始されました。
4年程で、インスリンポンプを使用するようになりました。
10年以上治療を継続しましたが、徐々に血糖コントロールが難しくなり、仕事中、低血糖、高血糖の症状が表れ、仕事を中断することも多くなりました。
自動車の運転業務をしてましたが、危険なため、運転が不要な会社に再就職しました。

2.無料相談~受任~障害厚生年金3級受給決定まで
最初、電話で無料相談がありました。
ご自宅近くのファミレスで話を伺い、契約をいただき、進めることになりました。
初診病院は既にカルテが存在せず、2番目に受診した病院を訪問したところ、カルテが残っており、1番目の病院が「近医」という表現で概略の受診時期が記載されており、1番目の病院のことを受診状況等証明書に記載していただきました。
また、1番目の病院を紹介していただいた方、と当時のことをよくご存じの方もう一人に、初診日に関する第三者からの申立書(第三者証明)を記載していただきました。
傷病名:1型糖尿病で裁定請求を行った結果、障害厚生年金3級が決定しました。
お仕事もご苦労が多く、大変喜んでいただけました。